不妊検査で甲状腺の項目が入っていて、意外に思われた方もいるかもしれません。甲状腺は首にある臓器で、生殖器とは直接関係がないように見えます。
しかし甲状腺ホルモンは全身の代謝を司っており、排卵、着床、妊娠の維持に深く関わっています。この記事では、甲状腺と不妊の関係を解説します。
甲状腺ホルモンが妊娠に関わる理由
甲状腺ホルモンは、細胞の代謝速度を調節しています。生殖の領域では、次のような影響があります。
- 排卵:甲状腺機能の異常は排卵障害を引き起こします
- 黄体機能:プロゲステロンの分泌に影響します
- 着床・胎盤形成:子宮内膜の環境に関わります
- 胎児の脳発達:妊娠初期の胎児は自分で甲状腺ホルモンをつくれず、母体からの供給に依存します
最後の点はとくに重要です。妊娠初期に母体の甲状腺ホルモンが不足すると、胎児の神経発達に影響する可能性が指摘されています。
検査する項目
| 項目 | 意味 |
|---|---|
| TSH(甲状腺刺激ホルモン) | 脳から甲状腺への指令。もっとも鋭敏な指標 |
| FT4(遊離サイロキシン) | 甲状腺ホルモンそのもの |
| FT3(遊離トリヨードサイロニン) | 活性型の甲状腺ホルモン |
| 抗TPO抗体・抗Tg抗体 | 自己免疫性甲状腺疾患の指標 |
TSHは「指令」なので、甲状腺の働きが弱いとTSHは高くなり、働きすぎているとTSHは低くなります。方向が逆になる点に注意してください。
不妊治療におけるTSHの目標値
一般的な健康診断でのTSH基準値は0.5〜5.0μIU/mL程度です。しかし不妊治療や妊娠を目指す場合、より厳しい基準が用いられます。
多くの施設で、TSH 2.5μIU/mL以下を目標としています。
つまり、健康診断では「正常」とされた値でも、不妊治療の観点では治療対象となることがあります。「他院では問題ないと言われたのに」と戸惑う方がいるのは、この基準の違いによるものです。
潜在性甲状腺機能低下症とは
FT4は正常なのに、TSHだけが高い状態を潜在性甲状腺機能低下症といいます。自覚症状はほとんどありません。
不妊女性に一定の割合で見られ、次との関連が指摘されています。
- 排卵障害
- 流産率の上昇
- 早産、妊娠高血圧症候群
治療は、**レボチロキシン(チラーヂンS)**という甲状腺ホルモン薬を少量から内服します。安価で副作用も少なく、妊娠中も継続可能な薬です。
治療の要否については専門家のあいだでも議論がありますが、抗甲状腺抗体が陽性の場合や、流産を繰り返している場合には治療の意義が大きいと考えられています。
甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)
TSHが低く、FT4・FT3が高い状態です。動悸、発汗、体重減少、手の震えなどの症状が出ます。
放置すると排卵障害や流産のリスクが高まります。また、治療薬の選択に注意が必要です。
- メルカゾール(チアマゾール):妊娠初期の使用で先天異常のリスクが指摘されています
- プロパジール(PTU):妊娠初期はこちらが選択されることが多い
妊娠を計画する場合は、あらかじめ内分泌内科と連携して薬を調整しておく必要があります。妊娠が判明してから慌てるのではなく、計画段階での相談が重要です。
抗甲状腺抗体が陽性の場合
甲状腺機能そのものが正常でも、抗TPO抗体や抗Tg抗体が陽性の方がいます。これは橋本病などの自己免疫性甲状腺疾患の存在を示します。
抗体陽性者では、次のことが知られています。
- 流産率がやや高い
- 妊娠中に甲状腺機能が低下しやすい
- 産後に甲状腺機能異常を起こしやすい(産後甲状腺炎)
このため、抗体陽性の場合は妊娠中も定期的に甲状腺機能をチェックすることが推奨されます。
妊娠すると甲状腺への負担が増える
妊娠すると、甲状腺ホルモンの必要量は30〜50%増加します。もともとぎりぎりで足りていた方は、妊娠によって機能低下が顕在化することがあります。
このため、甲状腺ホルモン薬を服用中の方は、妊娠判明後に増量が必要になることが一般的です。自己判断で中止せず、必ず主治医に妊娠を報告してください。
よくある質問
Q. 健康診断では正常でした。それでも治療が必要ですか?
A. 不妊治療では健康診断より厳しい基準(TSH 2.5以下)が用いられます。基準の違いによるもので、矛盾ではありません。
Q. 甲状腺の薬は赤ちゃんに影響しませんか?
A. レボチロキシン(甲状腺ホルモン補充)は、体内にあるホルモンと同じ成分で、妊娠中も安全に使用できます。むしろ不足のほうが問題です。
Q. 薬はいつまで飲みますか?
A. 状態によります。妊娠中は継続が原則で、産後に再評価します。長期の内服が必要な方もいます。
Q. 昆布を食べれば改善しますか?
A. いいえ。ヨードの過剰摂取はかえって甲状腺機能を悪化させることがあります。自己判断でのヨード摂取は避けてください。
まとめ
- 甲状腺ホルモンは排卵・着床・妊娠維持・胎児の脳発達に関わります
- 不妊治療ではTSH 2.5μIU/mL以下を目標とすることが一般的です
- 潜在性甲状腺機能低下症は無症状ですが、治療で改善します
- 抗甲状腺抗体陽性の方は妊娠中も定期チェックが必要です
- 妊娠すると必要量が増えるため、薬の調整が必要です
採血だけでわかり、薬で治療できる——不妊の原因のなかでは対処しやすい領域です。
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ご利用にあたって
本記事は、不妊治療について一般的な情報をお伝えすることを目的として作成しています。記載している検査・治療の内容や数値は、あくまで一般的な目安です。適応や治療方針は一人ひとりの状態によって異なり、医療機関ごとに方針が異なる場合もあります。実際の診断・治療については、必ず主治医にご相談ください。
また、法制度や公的支援の内容は改定されることがあります。手続きの際は、必ず厚生労働省・お住まいの自治体・各医療機関の最新の公表情報をご確認ください。